日本の投資家AFURO KENブログ

医師として働きながら米国株、IPO中心に投資してます。収支や学んだことなど振り返っていきます。

投資初心者に絶対に知ってもらいたい!投資の神様ウォーレンバフェットとはどんな人物か?生い立ちから現在に迫る!

皆さんこんにちは、日本の投資家AFURO KENです。

 

今回は投資家に絶対に知ってもらいたい人物であるウォーレン・バフェットについてご紹介したいと思います。

 

私が米国株投資を始めるきっかけになった人物であり、最も尊敬する人物の1人です。

 

世界の多くの投資家が憧れる存在ですが、彼が投資の神様とも言われるようになった所以をお話ししていきます。

 

ビジネス画像

 

今回はこちらの本を参考にさせて頂いてます。

 

非常に読みやすくわかりやすい本ですので、ご興味のある方は是非実際に読んでみてください。 

 

今回触れているのは本の中でも第1章に過ぎません。

 

 

目次

 

 

バフェットの生い立ち 

ウォーレン・バフェットは、1930年8月30日にネブラスカ州オマハに生まれました。父は株式ブローカーと銀行員を経て、共和党から連邦下院議員となるほどの人物であり、祖父は雑貨屋を営んでいました。そういった環境もあり、バフェットは幼い頃から父の証券会社に出入りして、株券や債券を眺め、株に強い興味を持っていました。投資に関する書籍を読み、株価のチャートの書き方も覚え、株価の動きのパターンに関して実際に自分で検討するなどしました。

 

家柄、環境、時代も影響しているとは思いますが、幼い頃から父の仕事に興味を持ち、難しいであろう投資の書籍を読んで、自分なりにパターンの分析まで行っています。

 

我々でしたらTVゲームでドラクエ、FFをやったり、少年野球やサッカーをしたり、受験のために塾に行き、一部を除いて受験以外には役に立たない勉強をしている時期ですからすごいことです。(義務教育のある今の日本では難しいことかもしれませんね。)

 

子供ながらに何が自分の将来に役立つかがわかっていたのか、ただ単に株に興味があったのかはわかりませんが、理解できないことを続けられるとは思えません。

 

幼くして投資の仕組みを理解できる天才的な頭脳があったのだと思います。また、そんなユニークな彼を許容する家族の存在も大事だったのかもしれませんね。

 

初めての投資

彼が初めて株を買ったのは11歳の時で、貯金を使ってシティーズ・サービス社の株を購入しました。姉と一緒に114.75ドルで3株ずつ購入しました。バフェットはチャートを研究していたためにこの銘柄には非常に自信があったのです。購入後に株価が下落、ようやく持ち直して40ドルになった時点で姉にも責め立てられていたため売却してしましたました。それぞれ5ドルの利益を得ることができました。しかし、株価はその後202ドルまで上昇、バフェットは非常に悔しがることになりました。この時バフェットは二度と方針は変えない、そして小さな利益に妥協しないと心に誓いました。

 

バフェットは祖父から仕入れた雑貨を販売して貯金していたようです。もともと商才があったのかもしれません。

 

幼少期から株式チャートの研究をしていたバフェットなら自然なことかもしれませんが、なんと11歳で初めての投資を行っています。今の日本なら小学校高学年...考えられません...

 

それも100ドル...今の我々でも非常に大金です。銘柄選択によほどの自信があったのでしょうが、何よりそれに反対せず、暖かく見守る家族の存在が素晴らしい。

 

バフェットは初めての投資で彼なりの失敗を経験しています。しかし、それを糧に次に進もうとしています。成功者に不可欠の精神力の強さも伺えます。

 

 

初めての事業

ウッドロー・ウィルソン高校時代にバフェットは友人とお金を貯めて中古のピンボールマシンを25ドルで購入、地元の散髪屋にお願いし、利益を折半してマシンを置いてもらいことにしました。1台目を置いた初日だけで4ドル稼ぎました。彼らはウィルソン・コイン・マシン社を立ち上げ、合計7台のピンポールマシンで毎週50ドルの利益を上げるまでになりました。高校卒業時のバフェットの貯金は、なんと9000ドルにまでなっていました。

 

初めての投資に続き、なんと高校時代には会社を立ち上げています。

 

現代でも大学在学中に起業なんて話はよく聞きますが、それよりもはるかに早い段階で会社を立ち上げる仕組みを理解していたのです。(高校時代の私には思いもつかないようなことです。) 

 

また、目の付け所が素晴らしい。たった25ドルで購入できるピンボールマシンに目をつけ、それをリース、利益を折半するというビジネスモデルを作っています。

 

高校卒業時に9000ドルという貯金額は裕福な家庭ならあり得ることかもしれませんが、自分で会社を設立して稼いだというは聞いたことがありません。

 

これもバフェットが天才たることを示す逸話ではないでしょうか。

 

ベンジャミン・グレアムとの出会い

父親の勧めもあり、バフェットは高校卒業後にペンシルバニア大学ウォートン・ビジネススクールに入学しました。しかし、講義はビジネスの理論面ばかりであり、いかにお金を稼ぐかに興味のあったバフェットは興味を引かれませんでした。ネブラスカ大学に転校し、多くの科目を1年で修了したのちに1950年に卒業しました。当時バフェットはまだ20歳にもなっていませんでした。オマハに戻ったバフェットは株式投資を始めましたが、ある日図書館でベンジャミン・グレアムの「賢明なる投資家」と出会うことになりました。その他にもグレアムとデビッド・ドッドとの共著「証券分析」など、投資に関する書物に大きな影響を受けたバフェットは、オマハを離れ、グレアムの教えを乞うためにコロンビア大学大学院に入学しました。バフェットはそこで、「本質的な価値を理解し、それよりも安い価格で買えば、利益を上げられる」というバリュー理論を習得しました。

 

一度はオマハに戻り、父が経営する証券会社バフェット・フォーク社に入社しましたが、1954年にグレアムの投資会社であるグレアム・ニューマン社から誘いがあり、バフェットはこれを快諾しました。グレアム・ニューマン社に在籍中にバフェットは師匠の投資手法にどっぷりと浸かりました。それまでバフェットにとっての株式とは株券が取引される時の価格のパターンでしたが、その向こうにある真実を表すものだということに気づいたのです。

 

興味のないことには見切りをつけて転校、なんと20歳にも満たない段階で大学を卒業しています。バフェットが類い稀な天才的な頭脳の持ち主であったことがわかります。

 

多くの日本の大学生たちは多少興味がなくても何となく大学で授業を受けて、適度に遊び、卒業したらそこそこの企業に就職できたらいいかな程度に思う時期ではないでしょうか?(就職したのちに奨学金が返せないなども問題になってますね。)

 

興味のないことはほどほどで切り上げて、大学卒業の後は早々に自分の好きな株式投資を始めています。彼の株式投資に対する情熱が伺えます。

 

しかし、ここでベンジャミン・グレアムの著書を読んだ彼は一変、彼に教えを乞うために大学院に入学しています。

 

自分がこれだと思った時の行動力がまた素晴らしいです。

 

その後一度はオマハに戻りましたが、再びグレアムの元に戻って今度は社員として働いています。

 

ここで彼の投資の原点とも言えるバリュー投資をしっかりと学んでいます。まさに運命の出会いと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

バフェット・パートナーシップ

グレアム・ニューマン社は1956年にグレアムの引退を機に解散、バフェットはオマハに戻り、投資パートナーシップであるバフェット・パートナーシップを立ち上げました。有限責任パートナーが10万5000ドル出資、バフェットはゼネラルパートナーとして100ドル出資。有限責任パートナーは投資額の年6%と基本配当を超えた分の75%を受け取り、バフェットは超過利益の25%を受け取るという仕組みでした。目標はダウジョーンズ工業株価平均を10%上回ることでしたが、1957年から1969年のまでの間にダウ平均を22%も上回りました。しかしながらバフェットは、市場の投機性が強くなり、バリュー投資を行う意味合いが薄れたとして1969年に投資パートナーシップの解散を決めました。PER50や100倍などの高値の成長株が市場を埋め尽くしていたのです。

 

残念ながらグレアム・ニューマン社は2年で解散してしまいますが、彼はここで投資パートナーシップを立ち上げます。

 

この若さで10万5000ドルの出資を受けるだけの信頼があったのです。

 

条件を見ていただけたら分かると思うのですが、かなりの借金を抱えるリスクもあったのではないでしょうか?

 

彼はそんなプレッシャーも感じさせないほどに驚くべき好成績を出しています。

 

並外れた結果を出すのに、並外れたことをする必要はない」と彼は言っていますが、それは天才的な才能があってのことではないかとも感じてしまいます。

 

そして彼はバリュー投資の限界を感じ、1969年にパートナーシップを解散しています。

 

ここまででも十分素晴らしい業績です。

 

しかし、彼が本当にすごいのはここからなんです!

 

世界最大の投資会社バーシャー・ハサウェイ

元は紡績会社であるバークシャー・ハサウェイの経営権を握ったバフェットは、同社を一流の企業に成長させた。同社は株式運用部門と保険業などの事業を行う部門に分かれている。バフェットがバークシャー・ハサウェイの経営者となった1965年から48年間で同社の資産は1株あたり19ドルから11万4214ドルに上昇、複利計算で年平均19.7%の伸びである。同期間のS &P500インデックスは、配当を含めても年平均9.4%の上昇だったので、50年近くに渡ってインデックスを10.3%も上回った。

 

これが、バフェットが投資の神様と言われる1番の所以です。

 

彼は事業不振の紡績会社であったバークシャー・ハサウェイの経営権を握り、世界最大の投資会社へと成長させたのです。

 

所有しているのは所謂バフェット銘柄であり、バフェットが購入したというだけで株価が上がるほどです。皆さんがご存知のアップルやコカコーラ、アメリカン・エクスプレスなども入っています。

 

バフェット銘柄に関しては以下を参考にしてください。

 

bigtrade.jp

 

彼の年利20%という数字は、10年や20年どころではなく、約50年間だったのです。

 

彼の天才的な頭脳と、それを継続できる努力彼の相棒であるチャーリー・マンガー優秀な部下たちの存在があってこそだと思います。

 

バフェットの現在

ハンバーガーを好み、日にチェリーコークを5本飲むなどの偏食家として知られていますが、88歳となった今も元気に現役を貫いています。

 

www.businessinsider.jp

 

2018年の富豪ランキングでもアマゾンのジェフ・ベゾスマイクロソフトビルゲイツに次いで第3位です。

 

zuuonline.com

 

ここ最近は苦境に立たされることも多いようです。

 

news.livedoor.com

 

後継者問題に関しても話題となっています。

 

www.afpbb.com

 

この記事に書いた以外にも様々な伝説がありますが、あまりに多すぎて書ききれません

 

投資家たちの伝説の存在としてこれからも注目が集まります。

 

まとめ

主に「株で富を気づくバフェットの法則 最新版」を参考とさせていただきながら、私の考察を交えて、投資の神様であるウォーレン・バフェットの生い立ちからバークシャー・ハサウェイを一流企業に成長させるまでを時系列でまとめました。もちろんまだまだここに書ききれない部分もありますが、概略はまとめることが出来たのではないかと思っています。

 

彼の業績が並外れているがためにあまり親近感が湧いてこないかもしれませんが、彼の偉業や投資に対する姿勢というのは投資初心者であれば知っておくべきと私は考えております。

 

残念なことに今回の記事だけでは投資初心者に必要な彼の投資に関する原則について触れることが出来ませんでしたが、また時期を見てより実践的な部分に触れさせていただきたいと考えております。

 

いつかは記事にしたいと思っていたウォーレン・バフェットをこの度記事に出来てよかったです。

 

あまりに長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださった方ありがとうございました。

 

次回もご期待ください。